KOHAN電車

私は電車を乗り過ごした。

 

ほんの一瞬の下車のタイミングを逃してしまった。

友人たちの姿は周りに無い。多くの乗客がいる。

旅行先ではぐれるのはごめんだ。なに、次の駅で降りて戻ってこればいいだけ。

 

私は降車ボタンを押した。

この電車は降車ボタンがあるタイプで、めずらしい。

わざわざ押させなくても、各駅で必ず乗車客がいるくらい規模の大きい沿線のはずなんだがな…?

 

車窓からの景色が素晴らしい。

コバルトブルーの海がすぐそこに見える。

背の低い岩礁が海面から現れたり消えたりを繰り返している。

 

時刻は13時をまわったところで、雲ひとつない快晴だ。

車内には赤いアロハシャツを着た男性も見える。

ここはハワイではないが、そんな風なところらしい。

 

次の駅まではすぐ、そう思っていたのだが。

気がつくと当たりはすっかり暗くなっていた。

車内のLEDは点灯している。

外に見える景色も変わってしまっていた。

暗くて鮮明に見えないが、ここはジャングルか?

 

いったい何時間経ったのだろう。時計の秒針がなぜか進まない。

車体に接触する葉っぱや枝の音がガサガサと聞こえる。

クカカカカカカカカカカカ

数羽のカワセミの鳴き声が遠くから聞こえる。

 

電車の進行方向を車窓から見ると、遠くに灯りが見えた。

「降りますか!?降りる人!」

車掌さん?の声が響き渡る。

「手をあげてください!」

そう言われ、辺りを見回すも誰も上がる気配はない。

まさか自分だけ?しかし早く降りて戻りたい。

手をあげた。

 

その後は無言だった。大丈夫かこれ?

 

数分してシューッという音を立てて駅に着いた。

駅に人はいない。そして真っ暗だ。森のにおいがする。

相変わらずカワセミがどこかで鳴いている。

車掌さんが窓から顔を出してこちらを見ている。

長身の色白でひょろっとしていて、メガネをかけた女性だ。

「降ります!?」

「はい!」と答えた。

「反対側のホームってどこにあるんですかね?」

こんな質問は変だ。でも反対側のホームが見当たらないのだ。

「そうですねえ…」

車掌さんはそういうと電車を降りてこちらへ向かってきた。

車内の乗客はざわつきはじめる。

 

目の前まで来た。

「あちらにアスレチックが見えます?」

「あー、はい」

「あの先にいけばいいです」

「え?あれを超えないと反対側のホームに行けないんですか?」

「はい」

「いやあ、無理でしょう…」

さっき人はいないと言ったが、アスレチックにはよく見ると何人かいた。

どれも本格的な設備で、小学生向けの易しい感じではない。

しかも真っ暗だからそれがどこまで続いているのか全くわからない。

駅の構内に本格的なアスレチックを建造したこのKOHAN電車のセンスを疑う。

ふと名札を見ると、「KOHAN」と書いてあった。

この人がKOHANさん?見た感じ若いし、声も若いし、社長の娘なのか?

そしてKOHANさんは少しイントネーションに特徴がある。韓国の人なのかもしれない。

 

すると、KOHANさんは急に歩き出した。

振り返ると、駅員がいたようだった。

その駅員と何やら話している。

困ったなあと思いながら、さっきまで乗っていた電車を見ると、

乗客がみんな私を睨みつけているような気がした。

私のせいで電車が止まっているのだから、そのせいかもしれない。

 

パーーーーーーーーーーという音が聞こえた。

どんどん近づいてくる。クラクションの音だ。

光もどんどん強く、近くなってくる。

本来反対車線を走っているはずの電車が、こちらへ向かってきたのだ。

なぜ。

 

このままでは正面衝突する。乗客もパニックになっている。

KOHANさんと駅員さんは落ち着いているように見えた。

間一髪のところで急停車できた電車から、車掌さんが降りてきた。

男だった。

「危ないですよ!」

その後は回送電車が走るレールなんだから…とかなんとか、言っていた。

よくわからない。

 

怒られて少し消沈しているように見えたKOHANさんに、少しイライラしていた私は追い打ちをかけるようにして詰め寄った。

降りてから30分ほどが経過している。電車もその間ずっと止まったままだ。

 

「どうやったら帰れるんですか!?

いったい次の駅はどこに着くんですか?

この電車の駅は全部こんな感じなんですか!?」

溢れ出る疑問を怒りに任せてぶつけた。私もパニックになっていたのだ。

 

「次は、コンドームです」

「は?」

回答がまるでおかしい。脈絡が無いにもほどがある。

意味がわからず数秒固まった私をそのままに、KOHANさんは早歩きで電車へ戻ろうとしている。

 

まて。このままコイツを逃がしたら一生帰れない気がした。

追いかける。追いつけるスピードのはずなのに、なぜか追いつけない。どんどん離される。

 

気がつくと地元の駅の構内にいた。

帰ってきたのか?それにしてもなぜ?どうやって?

今までのは夢だったのか?KOHAN電車とは一体?

 

しかし何か変だ。

線路ではない場所を電車が行き来している。

ここはどこだ?見慣れた景色と意味のわからない景色が混在している。

すべておかしい。

自分の数十センチ横を電車が通り過ぎた。